動きたいけど動けない30代40代女性へ

直感開発カウンセラー ヒューズ夕子


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呼ばれているの!?

約二か月前にニュージーランドに戻らずに、日本で活動をすることを決めた私。
 
「これからは母国語でバリバリ活動するぞ~!」と張り切っていたのですが、どういうわけか英語を話す環境から切り離されることは起きないようです(^-^)。
 
私の考えが甘かっただけなのですが、保育園の空きが希望する場所に全くなく、仕方なく昨年まで子供が通っていたプリスクール(ここでは英語しか話しません)に通うことになりました。
 
私の経済的な具合で、子供は2時までしか預けられません。これでは「バリバリモード」というより「のんびりモード」で働くしかないようです(笑)。
 
それにしても、私としては子供がそのプリスクールに通うことによってまた英語を話す環境に飛び込むことになりました(>。<)。
どうやら日本で活動するのはいいけれど、英語を話さざる得ない環境から切り離されることはないようです。
 
どういう訳か、私にとって「英語を話す」ということは自分の夢を叶える為にも必要なことのようです。
確かに、私が興味を持つヒーラーやセミナートレイナーの半数は英語圏の人ですし、もし自分がもっと英語を話せればそういった人達と交流を深めることも可能なんだと思いました。
 
これは、私が住んでいる場所も関係しているのかもしれません。
 
私の日本の家族は、私が13歳のころ今居る場所に引っ越してきたのですが、こちらに住んで驚いたのは道を歩いていると不思議なくらい外国人とすれ違うことです。
 
それも英語圏の人々だけではなく、インドっぽい人やアラブ系の人(はっきり言って違いはわかりません)、中国や韓国からの留学生、それ以外の国から来ている人達が沢山住んでいる地域だったのです!
 
ここ数年は、日本人とのハーフの子供もよく見かけるようになりました。一昔前なら、「ハーフの子」というだけで大騒ぎされたのかもしれませんが、こちらの小学校ではハーフの子供が沢山いるようです。
 
思い起こせば、私は子供のころからアメリカに憧れていました。
子供のころ親に時々連れてもらっていた大きな公園の傍にはアメリカンスクールがあったのですが、そこで見た白人の男の子(その当時は外人イコールアメリカ人だったのですが、今考えるとどこの国の人とは言えません)に一目ぼれしたことがありました。
 
さらさらの栗色の髪をした男の子で、一目見てときめいてしまいました♪
一言も話すことはなかったのですが、それでも私の印象に深く残った出来事でした。
 
私が住んでいる所は東京なのに自然が多く、日本なのに外人が多いという特性を持っているようです。
なんとなく感じるのは両極のバランスを取る場所に私が居るということです。
 
なんとなく、私が「英語」をもっと話す状況に飛び込むように促されているように感じました。
 
やっぱり、呼ばれているのかなぁ? そう思いました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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ありがとう!

最近の流れのなかではっきりしているのは、明らかに私の生き方が変わってきているということです。
 
そこに関わった全ての出来事に感謝します。
 
どんなに苦しくても、諦めずにいれば道は開けるということを学んだような気がします。
 
その為に必要な必要なことひとつひとつを私が学べるように導いてくれた私のガイド達に感謝します。
 
今日、私のなかである存在(目に見えません)が「よくここまで耐えてきたね」と言ってくれました。さすがにその時は涙が滲みました。
 
今は、魂がずっと忘れていたことを思いだしている過程です。うわー、本で読んでいたことが本当に私の身に起こるなんて!
 
私の中でいま、ふつふつと喜びと、感謝の気持ちが湧き上がってきています。
 
ありがとう!ありがとう!ありがとう!
 
まだまだ克服しなければならないことはあるかもしれませんが、それでも自分を縛り付ける恐ろしい観念から抜け出しつつあることに心から感謝します(^0^)。


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ワクワクです!

この前投稿した体験のあと、更に色々なことが起きています。
 
まさに、不思議な感覚のオンパレード。
 
自分が様々なエネルギーを自在に操っているのが見えたり、ハートの中から自然に感謝の気持ちが湧き出てきて、強い光が放たれるのを感じたり。前世から持ち越してきたトラウマに関しても驚くほど簡単に、前世での自分の意識を変え、人生の結末を変えてしまうというワークが出来るようになりました。
 
現実面でも上手いタイミングで欲しかったものが手に入ったり、よく子供と行っていた喫茶店の人が思わぬ仕事を紹介してくれたり。
 
すべてが劇的に変わるわけではないのですが、それでも少しずつ状況は好転しているようです。
やっぱり諦めないで良かった(^0^)。
 
そして、「これから私が心から望んでいるものはすべて叶う」という確信めいたものを感じています。その為に必要なものは「出来ない」という考え方を一切排除し「ひょっとすると出来るかも」という意識に切り替えるだけです。
 
36年間生きてきて、やっとそんな意識に自分を持っていくことが出来るようになってきました(^0^)。
 
ちょっと、嬉しいです♪ 自分に嘘をつかない生き方をしていこうとすると、こんなにいいことがあるんですね!
 


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超人的妄想族

今日、午前中に洗濯物を干しながらテレビを見ていたら、ある文章について話をしていました。
細かい部分は忘れてしまいましたがこんな感じです。
 
 「ねえ、僕マラソン大会に出ることになったんだ。
  でも、僕走るのが苦手で嫌いなんだよ。 でも、さっそうと走ったらかっこいいだろうね。
 
  でも、走るのが遅いんだよ。 でも、みんなが頑張って!て応援してくれるからやろうかと思うんだ。
  でも、走ると疲れるでしょ。それが嫌なんだよねぇ。
 
  でも、山田君に誘われたし、『頑張れば出来るよ』と言われたからやってみようかと思っているんだ。」
 
異様にまどろっこしくて、イライラしそうな文章なのですが、結構人って、私を含めて同じようなことを言っているのではないでしょうか?
 
「こうした方がいい」と理性(もしくは直観)ではわかっていても、不安が出てくると「だって」「でも」という言葉で現実を回避しようとすることが誰にでもあるのではないでしょうか?
 
そういう私も実は最近「だって」と「でも」が多いことに気が付きました。
 
これではいくら考えても前に進めやしないですよね(>。<)。始めて自分の思考の落とし穴にはっきりと気が付きました。
正直、これが10年前の私だったら絶対自分の非を認められなかったと思います。
 
そのころはもうヒーリングセミナーを受けたりと精神世界(スピリチュアルな世界)の学びに飛び込んではいたのですが、まだ自分自身の真実を受け入れる準備が出来ていなかったんですね(^-^)。
 
どうして10年前には受け入れることが出来なかった私の欠点(非)が今になって受け入れられるようになったのかと言うと、それは10年前の自分と比べると遥かに自分自身に対する許容範囲が広がってきたからだと思うのです。
 
色々なセッションを受けることによって、そして自分に自信を与えてくれるきっかけになったいくつかの行動によって少しずつ自己評価が人並みに近くなったからだと思います。
 
ベストセラーになった「子育てハッピーアドバイス」の中でこんな話がありました。
 
自尊心の高い子供は自分の非について話されても「うん、わかった。ごめんね」と素直に言えるそうですが、そうではない子、つまり自己評価がとてつもなく低い子の場合はすでにこれ以上落とせないほど自分に対する評価が低いので、誰かに怒られたり責められたりすると「ここで自分の非を認めたりするともう生きていくことが出来ない」位に追い詰められてしまうそうなんです。
 
それを大人が「なんとかしてここでこの子の非を認めさせないと、この子はとんでもないことになってしまうかもしれない。だから徹底的に叱って『ごめんなさい』と言わせなければ」としつこく責めると、子供の心はもう立ちあげれないほど傷つき、ボロボロになってしまうというのです。
 
きっと、10年前は私の自己評価もボロボロな状態だったんでしょうね…
 
でも今は幸いなことに自分自身に対する評価は少しずつ上がってきているのでしょう。
お陰さまで私の中に潜んでいいた「だって」と「でも」の罠に気が付くことが出来ました。
 
「だって」と「でも」は自分の足をひっぱる言葉です。そしてなぜその言葉を使うのかと言うと、ただ前に進むのが怖いからです。
 
中には自分の本心がやりたくないことを誰かに強要されそうになった時、「でも」「だって」を使うこともあるでしょう。
その場合は速やかに相手や状況に対してはっきりと「NO!」と言う必要があります。
 
自分がどちらの「だって」と「でも」を繰り返しているのかわからない?
 
答えは簡単、どちらも元は一緒です。「だって」と「でも」の対局にある事柄で揺れ動いて自分自身の核を見つけられない時に「だって」と「でも」が浮上してくるだけだのです。
 
要するに「だって」と「でも」を繰り返している時には不安と恐れで一杯になっていて身動きが取れない状態なんですね。
だから、「これこれこう言う理由で私は前に進めないんです」という理由があれば不安と恐れで一杯になっているマインドからすると、
 「やった! やらなくていい理由が出来た!」となるわけです。
 
もし自分が「出来ない理由」ばかり並べるようになったら要注意! 私たちは不安と恐れから作り出された超人的妄想の餌食になります。
この超人的妄想が膨らみ続けると、それはどんどん広がり続け最後にはそれ自体が一つに人格を持つように思われてくるのです。」
 
それでもそれをほおっておくと、最後にはそちらの方が「本当の自分」のように思ってしまうのです!
 
ああ、怖い。でも、これが実際私の身に起こっていたことなんですよね(>。<)。
 
そして、
 「今まで私が『本当の事だ』と思っていたことが実は『不安や恐れから作られた単なる思い込み』なら、自分でそれを変えられるはず!」
と思ったのです。
 
そう思った途端、私は自らそう言った状況を選んで創りだしてきたということに気付きました。
 
 「私は本当はこの事実を知っていた。だけど、『自分がすべて知っている』状態とはちがうことを体験したい」と思った。
だから、「すべてを知っている」ことをまったく忘れた状態で生まれてみたいと思ったということに気付きました。
 
これは、あちらの世界からすると単なるゲーム、遊びだったのですが、いつのまにか「すべてを忘れている」ことさえ忘れた状態に陥ってしまったのです。
 
少しだけ、涙が出ました。
 
このことを認識しながら「あーこれって前に本で読んだことがある内容だな」と思いました。
でも、これの概念はいくら本で読んでも自分自身の内面で気付くことが出来なければ認識することは出来ないとも思いました。
 
その後、この次元ではない存在が、彼が住む次元ごと私の横にいるのを感じました。
 
私の横にキリストっぽい存在が岩のような場所に腰掛け、
 「よく思い出したね」とほほ笑みながら私に声をかけるのを感じました。そこからまたメッセージを受け取りました。
 
 
では、そろそろ寝なくてはいけないのでこの話の続きはまた…
 
お休みなさい☆
 
 
 
 


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出来る!

一大決心をして日本での本格的な活動を再開してからもうすぐ一か月。
 
自分が考えていることがすべてトントン拍子に進むわけではありません。
正直、私の頭で考えからすると、驚くほど物事はゆっくりと現実化していくのです。
 
これに対して「これでいいのだ」と思う時もあれば、恐ろしいほどの焦りを感じることもあります。
 
でも、最近少しづつ「気付きが」起こり自分の至らぬ点などに気付き始めました。
 
すると、どうでしょう! どういう訳か来年の春までには自分がいま実現したい事柄についてふと「出来る!」という感覚になりました。
 
なぜなら、そのことを私の妹に話している時になぜだか頭の左上の方で『出来る』という言葉が聴こえたからです。
そういう時は、自分では「無理だ」と思っていても絶対上手くいくものなのです。
 
私が考えている大きな夢を諦めずにいれば、それが天明に沿ったものである限り絶対にそれは叶えられる! そう思うと今いくら不安を抱えていても大丈夫なんだと確信しました(^0^)。
 
それがわかればなにも心配する必要はありません。それが必ず「叶う」と信じて毎日を過ごしていくだけです!


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コミットメントの力

今日、久しぶりにパワーストーンを使った自己リーディングをやりました(^0^)。そこでコミットメントの持つ力について認識しました。
 
 
パワーストーンを使ったリーディングを自分のために行うことのメリットは、自分自身の『こうあって欲しい』という欲に惑わされないので、自分のことを正確に見ることが出来ることです。
 
「占い師は自分のことを占えない」と言うますが、やはり自分のことを私利私欲無しで見つめてみようと思うとなかなか出来ないものなんですね(>。<)。
 
と言う訳で久々の石を使ったリーディングをしたのですが、そこで面白い発見をしました。
 
時々石を使ったリーディングをさせて頂く時に「ここで、あとこの石を選べばもっといい状態になれるのに」ということがありました。
でも、「頭で石を選んでも意味がない」とずっと思いそれに関しては具体的に伝えることはありませんでした。
 
それが、今日私の選んだ石を見ていくと「今選んだ石」の上に「これを追加するともっと良くなる」と思う石を更に並べていくと、驚くほど今現在の自分の問題点が明るみに出ることを発見したのです。
 
私の場合、ひとつ石を追加しただけではまだ全体のバランスが取れずにいました。
そこで「もうひとつ」、更に「もうひとつ」と選んでいくと不思議なことに自分がこれから歩んでいくだろう道がはっきりとしてきたのです。
 
最終的に石を6つ追加して初めて、私が選んだ石達のバランスが「今の時点で読み取れる最高の結果」を導いてくれました。。
 
そして気付いたのは、今の私にとって必要なことは「なにがあっても最初に立てた目標を貫く、徹底的な決意」でした。
今の私に欠けていたのはそれだったのですね(^-^)。
 
人は常に様々な決断を大なり小なり迫られることごあるわけですが、それに対して「何が何でも献身的にその事柄に対して取り組む」という決意がないとなにをやっても中途半端で結果が出ないことに気が付きました。
 
はっきり言って、何を選ぼうとも私達はある事柄を選ぶ度その責任を負わなくてはいけないのです。
 
自分の決断にどのくらい責任が持てるか?
これが自分のパワーを呼び戻すために必要な意識、行動なのだと思いました。
 
ようするに「人生を変えたいと思ったら、迷いや打算を捨てて思い切って飛び込め!」ということなのでしょう。
 
「これをすることでこうなって欲しい」という打算をすべて捨てられたとき、本当に「在りのままの自分」として存在出来るようになるのでしょう。
 
今日はそんなことに気付きました。
 
 
    ありがとう ☆
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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セッションの詳細です(^0^)

以前告知させて頂いた個人セッションの詳細を、いつもお世話になっているサタディーさんで紹介させて頂いています。
 
今の時点では「エネルギーリーディング」「パワーストーンリーディング・ヒーリング」の二本立てでやらせて頂きます。
 
詳しいことは   http://satmb.com/therapy/energyreading.html     をご覧下さい。
 
11月16日(日)に参加するヒーリングフェスティバル(東京、荻窪)のHPへもそちらからご覧頂けます(^0^)。
 
わーい、久しぶりのフェスティバルなのでワクワクします! 個人セッション も大好きなのですが、大勢の人間がいる中で創り出される渦のようなものを感じながらセッションをするのもスリリングで楽しいんですよね。
 
個人セッション同様、フェスティバルでも沢山の方々をお会いできるのを楽しみにしております!
 
 


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私ってインド人?

今日は、ヒーラーのM さんとお昼を食べに行きました。
そこで驚くべき発見が沢山あったので、投稿せずにはいられませんでした。
 
M さんとは昨年参加したヒーリングフェスティバルで知り合って、レイキのアチュを受けたりとお世話になっている方です。
そのM さんとご一緒出来るので「どんな話が出来るかな?」と楽しみにしていました。
 
その期待は外れず、とても収穫のある時間になりました(^0^)。
 
ここ最近また「シンクロ」することが増えたのですが、今日もまた同じで、私が今度行くことになった埼玉でのプチ修行の話をすると、M さんもそのプチ修行を取り仕切る僧侶のことを知っていて、その人の本まで持っているというのです。
 
私なんて昨夜たまたまサイトを見て、衝動的に申し込んだのだだけなので本当に驚きました。
 
そして驚きはそれだけでなく、私がこの前タージーマハールなどインドチックなビジョンを見た話をしたら「初めてyuukoさんのことをPCで見たときから『インド系のひとだな』って思っていましたよ」と言われてまたびっくり。
 
正直、いままでインドに興味を抱いたことはほとんどなく、強いて言えば昔インド式の弁当箱を使っていたこと、妹尾河童さんの「河童が覗いたインド」を読んだくらい。
 
人によっては「インドに行って変わった」と言うけれど、あらゆるものが雑然としたあの国に「行ってみたい」と思ったことは一度もありませんでした。
でも、M さんからすると私は「インド系」だったんですね(>。<)。
「あー、自分では気付かないことって沢山あるんだわ」と認識しました。
 
インドかぁー。 今まであまり意識したことがないけれど、ちょっと気になってきました(^-^)。
 
しかし、最近の私が選ぶことっていままでの「私」の意志とはまったく違う方向にいこうとしているのが段々わかってきました。
でも、それって単に今まで選んできたことが「本来の私」とはかけ離れていたということなのでしょう。
 
それにしても、修行なんて精神世界に興味を持ち始めた当初は猛烈に興味があったものの、今になって自らそんな世界に飛び込むとは思っていませんでした(>。<)。
 
しかも、絶食するんですって!食べるのが生きがいと言うくらい食べるのが大好きな私に耐えることが出来るんでしょうか?
はっきりいって、普段の私なら決して選びません。
 
いやー、なんだか面白い展開になってきました(苦笑)。
 
 


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”愛”の概念について

今日は、少しだけ「愛」についての新しい情報(この情報はすでに至る所で配信されています。ですから単に『私にとっては新しい情報』です)をお知らせしたいと思っております。
 
以前私がブログでお話した『愛』についてのお話に通じるものがあるのですが、やはり私達一般人の考えと違って「愛」は「本質を大事にしつつ、いかに相手の自由を尊重できるか」と言うことに要略されるのだなと改めて思いました。
 
そして、それはすなわち自分自身にも当てはまるということを今はっきりと認識しました。
 
私達は皆、生まれる前にこの世での青写真を持って生まれてきているといいます。
でも、私達は人生の過程で自分の「計画」とは全く異なる生き方を選ぶこともあります。本来の道を外れて「寄り道ばかり」の人生になることもあるでしょう。
 
でも、ある人間が生まれる前の計画に従わずまったく違う人生を歩んだからと言って、人生の計画を一緒にたててくれた神様が怒って地団駄を踏んだり、ある特定の人間に災いをもたらすのでしょうか?
 
実際はそうではないことを今日確信しました。
 
「神」は本来その人が到達するであろう意識に常に焦点を合わせているので、それ以外のどんな行動を犯そうとも「目標に達するための通過地点に過ぎない」と考え、それ以外のいかなる思いも持っていないのです。
 
ですから、「神」という存在がもしあるとするならば「すべての人の、すべての行いを許している」ということになるのです。
そう考えれば、どんな行いをしても神さまは人を裁く必要がないということなのだという考えに到達することになります。
 
人の罪を裁くのは人で、決して神様ではない。
 
そう思うと、肩の荷が下りた気がしました。
変な話、「もう自分を罰しなくていいんだ」と感じました。
 
神様は決して人を罰しないのです。
人が人を罰するのです。
 
ですからあらゆるスピリチュアルな教えのなかで言われているような「神」の意識に辿りつきたいと思ったら、あらゆる人間が犯す過ちを「単なる過ち」だと認識出来るようにならなくてはいけないわけです。
 
誰だって生きていればひとつや二つ、いやもっと過ちや失敗を繰り返すわけなのですから、そのひとつひとつにいちいち目くじらを立てるのは子供っぽい行為なのかもしれません。
 
簡単には思えないかもしれませんが、私達の想像を超える「神の意識」について実感しようとするならば「この世には罪も裁きもない。裁こうとするのは人間のエゴなんだ」と考るしかない…そういう思いに至りました(^0^)。
 
もっと、自由に生きていく時代がきたようですね!
 
 


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一つの輪

今日は昼間と夜と、二回のお出掛けでなかなか忙しい一日でした。
 
まず昼間、前々から気になっていたキャシー・チャップマンという方の公開チャネリングに行ってきました。
 
でも実は、昼の1時から始まると思っていたのが実は午前の10時半開始で、私がその事実に気付いたのが10時ちょっと前。
私の家から会場のある最寄り駅まで約一時間かかるのです(>。<)。本当に猛ダッシュで出掛けました。
 
安く済ませるなら立川でモノレールに乗り換えて行くのがいいのですが、そこから更に徒歩10分とあるのです。
「それなら立川からタクシーに乗ったほうが早そう」と思ったのです。
 
10時半丁度に立川駅前のタクシーに乗り込んだ私。
「良かった、これなら意外と早く着くかも」と思いました。でも、考えが甘かったようです。
実際は10時50分過ぎても会場に着かず、公開チャネリングが11時半に終了となってしまう状況を考えると内心ヒヤヒヤしていました。
以前からずっと気になっていてやっと行く機会に恵まれたので、これ以上時間がただ過ぎていくのが信じられない気分でした。
 
しかも、私の予想以上にタクシー料金が掛かり、手持ちのお金以上に数字がどんどん跳ね上がっていきます。
私はとうとう痺れを切らして言いました。
「あの、あとどのくらいで着きますか?」
「えー、あと10分くらいですかねー」
「え!11時半には(チャネリングが)終わってしまうんですよ! それにそろそろ私の持っているお金より料金がオーバーしそうなんですけど…」
「ああ、そうですか」そう言ってタクシーの運転手さんはメーターを止めました。
その後、11時少し前に会場があるホテルの前に到着しました。
財布の中にあるお金を10円単位まで全部出しても80円位メーターの料金には足りなかったのですが、あとで支払うと言う私に運転手のおじさんは「いいよ、その分はサービスしますよ」と言ってくれました。
私お礼を言いながら、慌てて会場に飛び込みました。(とは言っても会場の後ろからこっそり入りましたけどね)
 
私が中に入るとこの公開チャネリングの主催者であるご夫婦の旦那さまの方が後部席に居られ、私が入って行くとさっと席を立ち私を空いている席まで案内してくれました。
ほんの一瞬のことではありますが、まったくの初対面で観客の一人でしかない私に示してくれた優しさから、この人がさまざまな人に心を開いて接すことが出来る心の美しい人なんだと感じました。
 
そして、なんとか残り30分「アンマ」という存在からの情報を(具体的にはイメージワークについてでした)聞くことが出来ました。
私はその話を聞きながら、「アンマ」からの情報を伝えているチャップマンさんの寛大で、パワフルかつ人を引き付けて離さないそのエネルギーの素晴らしさに感動しました。
「いやー、あれは凄いわ、本物だわ」と心の中でつぶやきながら彼女のことを見ていました。
 
その後は嬉しいことに、主催者夫婦の旦那様が「マスタークツミ」のチャネリングを始めたのです。
マスタークツミは私が大好きな高次元の存在なので、「わーいラッキー」と思ってお話を聞き始めました。
 
それがどうしたことか話を聞き始めた途端、涙が出てきました。
 
自分自身がいろいろな意味で変わり目に来ていたせいかもしれません。他に泣いていそうな背中はなかったので、「今日ここに来たのはやはり意味があったんだろーな」と思いました。
 
チャネリングが終わり、私はチャップマンさんに「あなたのエネルギー、とても素敵です!」と挨拶にいきました。本当にそうせざるを得ない位素敵な方だったのです。
 
その後は、マスタークツミのチャネラーの方がミニヒーリングを5人の人にしてくださるというので、ずうずうしくも会場に残りました。
ほとんどの人は午後のチャネリングセミナーに備えてお昼に行っていたのですが、そうでない私は時間を気にすることもありませんでした。
 
そして、幸運にも最後にヒーリングを受けたのです。ほんの2、3分のセッションだったのですが、面白いビジョンをいくつも見ました。
 
まずはじめに出てきたのがタージーマハール。
次は、日本以外のアジアのお寺の正面。なかなかしっかりとした構えです。
そして、その内部。座禅を組んで瞑想しているらしい人が並んでいます。どうやらその中の一番右端にいる10代後半らしい男の人は私のようなのです。
私が内心驚いているとはっきりとした声で「思い出せ」と言われるのを感じました。
「何を思い出せというのだろう?」と心の片隅で考えていると、体の中の熱がより熱くなってきました。それから、第七チャクラに濃いピンク色の蓮の花が咲いているのを感じました。
 
私はセッションのあと、感想を伝えました。ラッキーだったのは相手が日本語が話せない方だったのですが、私の片言の英語で会話が出来たこと。
この時は「英語を話せて良かったぁ!」と思いました。
 
そして私がマスタークツミのファン(?)だと告げると、メディテーション(瞑想)用の音楽なのか、CDをかけてくれ、更にマスタークツミのメッセージを入れた音声まで聴かせてくれたのでした(内容はもちろん英語だったので半分しかわかりませんでしたが)。
 
でも、私の為に時間を割いて、相手の方のお昼の時間がなくなっては困るのでそそくさと帰りました(帰りの交通費に関しては会場のすぐ側にATMがあったので、無事帰れました)。
 
そして、夜は私が去年参加したヒーリングフェスティバルの主催者の方が開いたヒーラーが集まるパーティーに子連れで参加。
 
「これで仕事の輪が広がるかも♡」と密かに期待していたのですが、実際は広いパーティー会場を走り回る我が子を見るのに精いっぱいで、ほとんどの方とお話出来ませんでした(>。<)。
それに、半分以上が英語圏の方でなんちゃって英語の私には入りにくい…。日本人の方でも英語が堪能な方が集まっているようでした。
とほほ…。
やっぱり英語圏ではない人との英会話の方が、言葉がシンプルでわかりやすいです(^-^)。
 
まあ、それはさておき今日は実は不思議な縁で繋がった一日とも言えました。
 
それは、私が参加させて頂いているヒーリングフェスティバルから始まります。
昨年、そのフェスティバルに参加されていた他のヒーラーのセッションで、とても気になるものがあったのです。
そこでその方がやっているセッションの内容について調べていたら、今日私が行った公開チャネリングを主催されているご夫婦のHPに辿り着きました。
 
そしてその後、それとは全く関係ないところで見つけたリコネクティブヒーリングのプラテクショナーの方にお会いすると、実はその方が私が10年ほど前受けたロルフィングのプラテクショナー(ロルファーとも言います)の方のセッションを受けたことがあったのです!
しかも、その方のHPが私が今日お会いしたチャネリングを主催されているご夫婦のHPとリンクしていたのです!
 
そこに、ひとつの輪が描かれているような気がして不思議な気分になりました。
 
実際私はその中のどなたとも深い交流があるわけではないのですが、それでもこの繋がりに不思議な縁を感じてしまいました。
なんだか、自分が意識の深ーいレベルで「本当に求めている出来事や人々」に会うようになっているんだなぁと心が温かくなりました(^0^)。