動きたいけど動けない30代40代女性へ

直感開発カウンセラー ヒューズ夕子


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学びです!

今日は、ずっと行きたかったスーパー銭湯に行ってきました(^0^)。
 
本当なら子供抜きでのんびり過ごしたいのですが、子供が半年前から「銭湯に行きたい」と言っていたので特例で子連れで銭湯に行ってきました。
 
銭湯では、途中子供がはしゃぎ過ぎて「どうしよう」という場面もありましたがなんとかなりました。
 
ところが、銭湯を出る直前から子供がちょっとしたことで機嫌を悪くしたのです。
帰りの道中、次第に暴れ始めました。
 
私としては、銭湯では子供は思いっきり遊べなっかたので「どこかに遊びに連れて行けば、満足するだろう」と思ったのです。
そこで、すぐ近くに止まっていた市で運営する、小さなバスに乗りました。
 
そのバスは、子供を連れて出かけるのにネタが尽きると時々利用しているバスだったのです。
普段はいつも一番奥の席に並んで座るのですが、今日に限ってその席が先に座っている人でふさがっていました。
 
他には、一人掛けの席しかありません。
大人なら、「じゃあ、一人掛けの席に縦に並んで座ろう」と思うのですが、私の子供は「皆が横に並んで座らないと駄目だ!」と言い出したのです。
 
バスが出発するまでにはまだ時間がありそうです。
そこで何度も子供に話し、バスの中では静かにしなければならない事、これ以上騒ぐならバスを降りなければならないということを繰り返し伝えました。
 
でも、言えば言うほど子供は興奮し、暴れるのです。
その間、何人かの人がバスに乗り込むのが目の端に写りました。
そして、私が「これ以上ここにいてはダメだ」と判断して子供を連れてバスを降りようとした時、私たちの前に座っていた60代らしい男性が声をかけてきました。
 
「最近はこういう子が多いねぇ」
そして、「いくつなんだい?」と聞いてきました。
私は「五歳です」と答えました。
 
すると、その人は「5歳なのにそんななのかい。親が甘やかすから、そんなになるんだよ」と言ったのです。
 
それに連呼するかの様、私たちの後ろに居た営業マンらしき男性が言いました。
「障害者なんですか?」
「いいえ、違います」私はそう答えました。
「障害者でないのにこんなことをするなんて信じられない。親が甘やかしているからこうなるんだ」とその営業マンらしき人は返したのです。
 
さすがの私も、これには頭にきました。
子を育てる母親の苦労も知らないで、よくそんなことを言えるものだと呆れてしまいました。
 
「じゃあ、あなたは子供のころこんな風に暴れたことがないんですか?」
「そうです」
 
あらまあ、よく言う。普通の健全な男の子だったらこれまで100回くらい癇癪を起して親を困らせているはずなのです。
 
「普通の子供だったら、こんな風になることがあるんですよ。なんなら、あなたの母親に聞いてみたらみたらどうですか?」
私はそう言ってバスをあとにしました(先に料金は払っていたのですが、払い戻しもありませんでした)。
 
 
はっきり言って、子供なんて親が望む通りに動いてくれる生き物ではありません。むしろ、親が望むことの反対のことをして親を悩ませたりするものです。
 
それでも、自分達の大事な子供だから見捨てずに育ててるわけじゃないですか!
 
今の私が苦心しているのは、「いかに子供の個性をつぶさずに、至らぬ点を修正していくか」と言うことです。
それには頭ごなしに怒鳴るだけではだめですし、並はずれて負けん気の強い我が子の場合それが逆効果となってしまう場合があるのです。
 
我が子の場合、「経験から学ばせる」のが一番の近道なんでしょう。
でも、それは親の立場からするととてつもない遠回りなんですよね。
 
私自身が我が子と似たような部分があったため、子供の気持ちがよくわかる反面、親の立場としては「もう勘弁してよ!」と思うことが多々あります。
子供を軌道修正するには驚くほど時間がかかるものなんだなと思いました。
 
それは、ダイエットと一緒で無理をするとリバウンドがあるのです。ですから結局一番の近道はなるべく焦らないこと、出来るだけ長いスパンで物事を考えることになるんだと思いました。
 
確かに今の我が子は手に負えない部分が多々あり、知らない人から見たら「問題児」なのかもしれませんが、実は繊細で、優しく、人を楽しませるユーモアが沢山ある子なのです。
 
そんな我が子のいい面を知らずに、たまたま目撃した悪い面だけを見て「甘やかされている」とか「障害者だ」なんて言葉いう言葉を吐ける人間の質を疑ってしまいます。
 
私だって、いつもなら子供が暴れたら「このやろー!」と思いますが、今回の件では逆に我が子が愛おしくなりました。
 
「私の子供を知らない人々がいくら悪く言ったって、私はこの子を信じている!」 そう確信が持てるようになりました。
 
ある意味、今回の件でそれを確信出来たのは大きな収穫でした。
 
やっぱり子供は宝物です! どんな子供もそれぞれに個性を持ち、愛される資格があるんですよね!
 
 
 
 
 
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生まれ変わる

日本に里帰りしてから、序々に自分の意識が変わりつつあるのを感じています。
 
ようするに、自分がそれまで信じていた概念を手放す過程にいるわけなのですが、それと共に「自分が素になった」感覚というのが生まれてきています。
 
これまで「これが真実だ」と教わってきた、信じ込んでいた概念から序々に開放される瞬間に立ち会っているのです。
ずっと「私には出来ない」と信じきったいたことが、今になって「やれば出来る!」と思えるようになってきました。
 
何年か前に道端を歩きながらふと「なんでも出来るんだ」と感じたことがあります。
そしてこの前私の妹に会った時に、彼女も同じことを突然感じたと言っていました。
 
私が思うに、そういった事に気付くのは自分の意識が緊張から解放されてリラックスしている時に起こるようです。
ようするに、「素の状態」になって初めて「本来の自分」に気付くわけなんですね(^0^)。
 
「素の状態」の自分になると、色々なことが明確になってきます。
ただ、今の世の中では「素の状態」の自分になるのが難しいだけなんですよね。
 
「素の状態」の自分になりたければ、自分で意識してそういう環境を作らなくてはならないのです。
 
でも、間違えては困るのは「素の自分」と今現在における「在りのままの自分」を取り違えることです。
 
私が行うリーディングではその過程でトラウマが出てきた場合、それを取り除くことによってよりその人の本質(素の自分)により近づけるように促していきます。
 
ここで注目すべき点はどんな場合にも「在りのままの自分」を受け入れることは大事ですが、もっと大事なのは「在りのままの自分」を」受け入れ、認識してそれに対してどのように行動していくかということなのだと思うのです。
 
今の私は、私が気付いたことに関して「どのように対処していくか」ということを決定する段階に来ているようです。
 
なんだか、自分が生まれ変わって人生をやり直すような気分がします。
 
でも、自分の気持ちに正直になるって、結構難しい時がありますねぇ(^-^)。
 
 
 
 
 
 


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36才の選曲

今日、子供と夕飯を食べ終わり「そろそろ歯磨きの時間」と言うころに一人暮らしをしている私の妹がふらりと顔を出しました。
 
その後、私が作ったカレー(ひき肉、玉ねぎ、おろし人参がベースの甘口のカレーにホタテを加え、青唐辛子を入れて炒めた茄子、椎茸、モヤシ、ズッキーニを添えて、一緒に食べます。もやしのシャキシャキ感が、以外にカレーと合いました)を食べたあと、妹と私で子供(私の)を寝かしつけました。
 
今日は、子供も結構すんなり寝てくれたので、つい「女3人(私、妹、母)でカラオケでも行きたいな」と思ってしまいました。
 
5歳の子供が居ると、基本的に夜カラオケに行くなんてありえないのですが今日は特別です。だって、里帰り中なんだもん♪
その話をすると、妹も母も、「いいんじゃない?」となり、父に留守番を頼んでそそくさと出かけました。
 
さて、いざカラオケに行くと悩むのが選曲です。
 
はっきり言って今どきの歌謡曲をまったく知らない私。カラオケで唄う歌は、10年前から変わっていません。
 
このへんに「おばさん度」出ると何かに診断テストで言っていたような…。
はっきり言って自分でも飽きてきます。
でも、本当に新しい曲を知らないんだから仕方ありません。
 
そこで、今日はもっと古い曲で攻めてみました(^0^)。
 
題して「ザ・80年代!」
 
今振り返ると、80年代の歌謡曲ってなかなかいい曲があるんですよね。
 
全曲覚えているわけではないのですが、来生貴生とか、稲垣潤一とか。
研ナオコの「夏をあきらめて」もあのかすれ声で唄われると、本当にぐっとくるんですよね。
 
最初は1時間あれば十分だと思っていたのですが、歌い始めると火がついてしまいました(^0^)。
私が稲垣潤一の「ドラマティック・レイン」で唄い始めると、妹は安全地帯の「ワインレッドの心」を熱唱しました。
私の母は演歌とお笑い系や、乗りのいい歌を交互に唄います。
 
その後妹にリクエストして、CCBの「ロマンティックが止まらない」を唄ってもらうと笑いが止まらなくなりました。
 
私はその後薬師丸ひろ子の「探偵物語」や「Wの悲劇」の主題歌を唄いました。
 
ああ、唄うのって気持ちいい!
 
でも悲しいかな、途中でちょっと眠くなってきました。
やはり、歳には敵いません。一時間半でカラオケは終了となりました。
 
締めの曲は妹が選んだ「二億四千万の瞳」。
 
いや~、時代が一気に遡った瞬間でした。
 
そういう訳で、懐かしい曲のオンパレードで盛り上がった夜でした!
 
 
P.S. 薬師丸ひろ子のベストって、売っていないかなぁ…(来生貴生も)
 
 
 
 
 
 
 
 


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またまた来ました

またまたやって来ました! 不思議な感覚が。
 
二年前にリーディングを再開してから時折あることなのですが、子供が寝静まったあとのんびりテレビを見ていたりすると言葉にするのがとても難しい、不思議な感覚がやって来ることがあります。
 
あの時の感覚ってなんなのでしょう。なんとなく心が静まり、穏やかな気分になっている時に起こるようです。
 
のんびりと寛いでいると、ふと「いつもと違う」感覚になることがあるのです。
 
その変わり目は、すぐわかります。とても微細な波動なのですが、明らかに日常で感じる感覚とは異なるからです。
それが始まると、テレビを見ていようが、PCに向かっていようが、意識の中心は「そこ」に置いた状態になります。
 
それは、家の中にあるラジオみたいなものです。
普段はにぎやかで、騒音のようなけたたましい人の声が聞こえてくるのですが、チャンネルを「静寂」に合わせるとそれを聴く自分の周りの空間も静寂に包まれるのです。
 
そして、これまでは強烈な光を感じたり、言葉にならないメッセージを受け取ったりしていたのですが、最近はそれがもっと穏やかなものに変わってきました。
以前よりより平和で微細な波動がやって来るのです。
 
その感覚は、私が受けた現代レイキのアチューンメントで感じたものと同じものかもしれません。
とにかく平和で、優しくて、生きながら天国にいるような気持ちになるのです。
 
その合間合間に、目に見えない存在達が私を励まし、力を与えてくれているのを感じることが出来るのです。
 
それがはっきりと言葉になって聞き取れることはあまりないのですが、それでも私の側に居る、目に見えない存在達が発する温かさがひしひしと伝わってくるのです。
 
この前は、その温かさがより一層はっきりと感じられました。
そして、その温かさに触れながら感じたのは
 「あ~、私って愛されているんだな」ということでした。
 
いわゆる「愛」が持つ波動って、本当に軽いんですね! 
 
テレビドラマなどでは危機的状況における愛などについて感動的な話を沢山作り出していますが、平和で心が優しさに包まれた世界での愛はなんの激しさもなく、ただそこにふわふわと漂うなものだったのです。
 
私の側に居た存在達も、私に愛する気持ちを送ってはいてくれたのですが、そこに「もっと頑張れ!」とか「こうなりなさい」などの期待が一切なく、ただ私の側に居てくれるだけでした。
 
ただ私の側にいてくれるだけなのですが、それなのに私に栄養を与えてくれる、励ましてくれる、勇気を与えてくれる、そんな存在だったのです。
 
私が以前読んだ本だか、参加したセミナーの主催者の方が言っていた言葉なのですが、
 「愛はこの世で最も軽い波動を持つ」
と聞いたことがあったのですが、実際に「愛」が持つ波動を感じてみて
 「やっぱりその通りだったんだ!」と感心しました。
 
私が感じた「愛」の波動を元に「愛」というものがなにか見ていくと、そこには以下の性質が含まれているのがわかりました。
 
① 「こうなって欲しい」「こうでなきゃ」という期待が一切ない。
 
② 「こうしなさい、ああしなさい」と口うるさく言わない。ただ、相手のそばにいる。
 
③ なぜかと言うと、本質の部分で相手を信頼しているから。それ故になにか起きても不安にならず、「この人だったら大丈夫」と思える。だからあれこれ言う必要がない。ただ、相手のそばに寄り添うことが出来る。
 
そんなことに気付かされました。
 
「愛」があると、目先のことだけで相手を判断しなくなります。その人の本質を見極めてその人の一番奥にある神聖さに焦点を当てるので、ちょっとした失敗や過ちで相手を判断したり、裁いたりすることがなくなります。
 
「愛」がある場所では争いごとも最小限になり、人々は奪い合うのではなく助け合うという方向で物事を考えるようになります。
 
これまでは皆(私も含めて)「愛」を信じられずに生きてきたような部分があったと思うのですが、これからは私達それぞれが自分の一番奥深くに存在する「愛」に触れ、そこから栄養をもらって生きていく時代が来るのだと思いました。
 
私はときおり起こる不思議な感覚を通して、「平和とは自分の中で創りだす感覚なのだ」と思えるようになってきました。
それと同様に天国も自分の中で創りだせるものなのです。
 
その為に出来ることって…なんでしょうか? きっと、謙虚に自分を見つめ直すことなのかもしれません。
そして、些細なことにでも感謝出来る人になること。
 
これだけで、人は平和で静かな喜びを感じることが出来るようになるのだと思いました。
 
今日は、思っていたよりスピリチュアルな内容になってしまいましたが、本当にそうなんですよ!
まだまだ大変なこともあるけど、時折こうして訪れる平和な感覚(天からの贈り物だと思っています)に感謝!しています。


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猛暑のお出かけ

日本に来てあっという間に過ぎた三週間。
 
気が付くと、まだ回転寿司やスーパー銭湯、私が大好きな野川公園にも行っていない!
と言うことで、あと三週間日本に滞在することになりました(^0^)。
 
本当は一週間ほど滞在出来ればと思っていたのですが、土曜日のフライトにこだわると三週間後しか空きがありませんでした。
NZで買うとなんでも高い為、欲しいものを「あれもこれも」と買っていたらあっと言う間に手持ちの日本円が底をついてきました。
NZドルも持参はしてきたのですが、NZドルを1ドル売ると61円程度にしかなりません。
 
今年の一月に日本を発つ時に1ドルあたり90円でNZドルを買ったことを考えると、そのNZドルをまた売るのは本当に馬鹿ばかしいのです。
そういったことを考えると、「日本で使いたいお金は日本で稼いで、NZで使いたいお金はNZで稼いだ方が無駄がないのかしら」と思いました。
 
そういう訳で、NZドルを日本円にするのを控えている私。これからは財布の紐をきっちり閉めてやっていくつもりです(^0^)。
 
猛暑の今日、5歳の子供とどうするか(近所の公園は日陰がないので暑いし、自転車で出かけるのも避けたい)が問題でした。
こちらの都合をまったく考えない我が子は「あそこに行きたい、ここに行きたい」と言いたい放題なのですが、今日は吉祥寺にある井の頭公園の動物園で勘弁してもらいました。
 
ここの動物園は大人は400円、子供も小学校の6年生までは無料なのでお値段も手頃です。広さもそんなに大きくないので気合を入れずに出かけられるのが魅力なのです。
それに、意外と木陰が多く思ったよりも暑くなく、過ごしやすかったです。
 
まず始めはモルモットを膝に抱き(子供だけでしたが)、山猫などをさっと見て乗り物のある場所に急ぎます。
一人100円で乗れるメリーゴーランドやコーヒーカップなどの乗り物もあります。小さな子供でも怖がらずに乗れるような乗り物ばかりなのですが、かえってそれがまったりとした居心地のいい空間を作り出しています。
 
今日は暑かったのであまり人も居なかったので、並ばずに乗れました(^0^)。
 
その後は放し飼いにしているリスを見ました。普段は元気に飛び跳ねているリスも、猛暑でお疲れなのか半分は木の枝や土の上でぐったりしていました。今回は春に生まれたリスなのか、子供もリスもいました。
そのうちの一匹は人をまったく警戒していないのか、私が履いているサンダルの上に乗ってきました。
 
最後は、入口の近くにある遊び場で子供を遊ばせ、大人は一休み…と言いたいところですが、実際は子供の相手であまりベンチに座っていられませんでした。
 
それでも、沢山の大きな木に囲まれて作り出される木陰のお陰でほっとしました。
窓を閉め切って冷房のきいた部屋にいるより、余程気持がいい時間でした。
 
帰りは井の頭公園の中を抜けて駅へ。
出かけたのが遅かったので短い滞在時間でしたが、大満足のお出かけでした(^0^)。
 
さて、明日はどこに行こうかしら…。午後は雨が降りそうなので、早起きしてお気に入りの公園に行こうかな…。
 
では、しばらく日本での生活をお伝えします(^0^)。
 
 


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美味しいゴハン⑪

4日ほど前に、このタイトルで投稿しようとしたら急にパソコンの電源が切れて投稿出来なくなっていしまいました(涙)。
同じ文章をまた作成するのが面倒な私。そこで、今日は夏の簡単料理(はっきり言って料理と言うほどのことはありませんが)をご紹介します(^0^)。
 
今回は簡単、冷奴のバリエーションです。
 
① 薬味たっぷり冷奴。さっと茹でたオクラを縦半分に切り、種を取り除き(面倒ですがこれをすると味が格段にアップします)刻んだもの、これに刻んだ茗荷(みょうが)、千切りにしたシソを水気を切った豆腐に乗せます。ここに黒酢、醤油、ごま油を和えたドレッシングをかけて食べます。
 
このレシピのポイントは黒酢を使うこと。これで味に深みが出るようです。
 
② ピータン豆腐。 これは私の父がよく作ってくれたものです。これも作り方は簡単。水気を切った豆腐の上にダイスより小さめに切ったピータンと刻んだネギ、醤油、ごま油、少量の酢を和えて作ったたれをかけるだけ! これはお好みで千切りのきゅうりなどを加えてもいいです。
 
③ サラダ風冷奴。 水気を切った豆腐に程良い食感に戻したワカメ、薄くスライスしたトマト、千切りにしたシソを乗せる。そこにかつおだし(市販の和風だしをお湯でといたものでOK),醤油、すり胡麻、ほんの少しの酢を混ぜたたれをたっぷりかけて食べる。
 
どうですか? 簡単でしょう!
 
この前、①のレシピにささみカツ(明太子マヨネーズと普通のマヨネーズにねり梅を添えたものを付けて食べます)を合わせたら夏バテに効きそうな組み合わせになりました(^0^)。
 
はっきり言って「日本に来たら夏だし、少しは痩せるかな」と期待していたのですが、ちっとも痩せません。返って夏バテしないようにと一生懸命食べているので少し太ったかも。
 
「まあ、いいや~。人妻だし、子供もいるし、浮いた話もないもんね~」と開き直ってしまうのが36歳の女の余裕でしょうか?
 
「いやいや、これじゃいけない」と時々自分に言い聞かせるのですが、食べるのが人一倍大好きなため食事を制限するようなやせ方は無理なようです。
 
私が痩せようと思ったら、食べる暇が無いほど忙しく働くのが一番いいようです(笑)。
 
美味しいものを我慢して痩せるなんて、私には不可能なようです。あーあ、独身時代の体重に戻れる日が来るのかしら?


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自分再発見

10年来お世話になっている渡辺ジュンさんがヒプノセラピーを始めたと聞き、この前セッションを受けてきました。
 
ヒプノも色々あるそうですが(過去性を見たいとか)、私はカウンセリングを元に「削除した方がいい想念」と「新たにインプットした方がいい想念」を見極め、軽い催眠状態を用いてそれらを行って頂きました。
 
私にとって消すのに抵抗があった想念は「家族をきちんとコントロールしたい」」という気持ち。
カウンセリングを通して「何でも自分の思う通りにいかないと気が済まない自分」を再認識したのです。
 
イメージワークでそれを削除する時も一番に思ったのは「消したくない」と言うこと。
心の奥底で、結構抵抗していたようですね~。
 
それでも、削除したのは「今やらねければいつやるのか」という思いからでした。
そして、ジュンさの誘導で現実世界に戻って来て聞かれたのは「寝ましたか?」でした。
 
話を聞くと、まだ自分にとって不要なものを削除するのに抵抗がある人は削除する段階になると寝たり、イメージの中で削除しなかったりするようなのです。
私なんて、やけになって削除しました(^-^)。
 
そしてセッションから数日過ぎて、自分の内面にも変化を感じてきました。
 
不思議ですね…。
 
なんとなく、今までと流れが変わってきているようなのです。
今までの自分では考えられなかったものが、向こうから近づいてきているような…。
そして、私自身それが起こるのを許しているような…。
 
私の想いに心から正直にならざるを得ない状況になってきているようです。
うーん。
 
ここから先は、自分次第。
そう思いました。
 
では、おやすみなさい☆