動きたいけど動けない30代40代女性へ

直感開発カウンセラー ヒューズ夕子


コメントする

自分を見つめ直す

 毎日、慌しく日々を過ごしていると表面的な事ばかりに囚われて、その下で何が起こっているのか気付く事はあまりありません。
 
 でも、その普段気付かないことの下にも、更に色々な事が隠れているように思うのです。
 
 今から三ヶ月ほど前に、不思議なことが起きました。自分と、その周辺に天から光が注がれているのを感じました。そしてそのひかりは、最後には東京全体が覆われる規模になりました。その時私の頭の中で声にならないメッセージが聴こえてきました。
 
 それはこう言ってました。「今までのところ、ほとんど計画通りに進んでいる」
 
 その他の言葉は忘れてしまったのですが、『ほとんど計画通り』という言葉だけは忘れることは出来ません。
 
 
 今まで自分の身に起きた色々なこと、自分のしてきた事を考えると完璧なことなどほとんどありません。私から見ると、見事なくらい失敗だらけの人生です。
 
 でも、その過程で起こった内面的なこと、そして今、私がここにいてこのような状況にいること、感じている事、エネルギーリーディングをしていることそれらすべてを見こおした上でOKと言われたのです。
 
 私が感じたのはその時の「私」が存在するために、色々な出来事や出会いがアレンジされ、なされていたということです。
 
 ようするに、「偶然な出来事」はほとんどなかったのです。様々な出来事や出会いを通して私が感じることを元に、次の私の行動が生まれていったわけですが、私を導いてきた存在は「私がどんな反応を示すか、そしてその後どのような行動を起こすか予想がついていた」わけなんですね!
 
 その上で「ほとんど計画通りだ」と言われたわけなのですから、私にはそれ以上何もいうことが出来ませんでした。
 
 その時は天使のような存在が6人ばかり上にいて、「ハレー、ハレー!」と喜びをあらわにしていました。
 
 
 私ははっきりと「これが天使だ」といえるような体験はそれまでしていなかったのですが、この前「エンジェルライトイニシエーション」というアチューンメントを受けて、初めて「これが天使達の持つ波動なのですよ」というのを体感させて頂きました。
 
 言葉でのメッセージは何も受け取りませんでしたが、私が以前から感じていた存在らしきものの感覚も感じました。とれと、とにかくパワフルで、しかも繊細で細かい波動を沢山感じました。
 
 今日もちょっとしたことをきっかけに自分のアンテナを研ぎ澄まし、イメージワークをしてみると、自分のなかに頭上から、白い光(エネルギーと言ってもいいかもしれません)が入っていくのを感じました。
 
 特に私が傷を感じた部分にはじっくりその光が注がれるのを感じました。そしてそれらの場所にはっきりと意思のある存在を感じました。それが、私に言葉にならない励ましを送っていました。それは、私の中では「天使」と呼んでもいいと思われました。
 
 その存在は「ひとつのことに囚われずにただ流していくこと、許すこと」を一生懸命私に伝えようとしていたように感じました。
 それは私に介入するというより、ただ私の中でその感覚が広がるようにエネルギーを送っていてくれたようでした。
 
 そして、なんとなく「もっと自分を深く見つめ直したほうがいい」と感じました。
 
 これから、自分の内面に何が起きるのでしょうか?そして、そこで何を感じるのでしょうか?
 
 …。
 
広告


コメントする

類は友を呼ぶ

 今日は久し振りに、昔近所にあったバーの常連さん同士でご飯を食べに行きました。
 
 そのうちの一人は、以前私のボイストレーニングの先生でした。
 
 そして今日、たまたま私のエネルギーリーディングの話になると、彼女が実は霊的能力があり、会った人の色々なことが見えたりするということを教えてもらいました。彼女の場合、頭の中で情景がぱっと浮かぶようです。それも、彼女の意思とは関係なしに突然起こるので、それがとても嫌だったようです。
 
 それで、自分は普段は見ないように設定したそうのですが、そのかわり人に頼まれて見る時はかなり入り込んでしまうようで、2、3時間そのモードに入ってしまうようです。
 
 
 彼女の話を聞いていて、『類は友を呼ぶ』という言葉を思い出しました。
 
 2006年の秋にリーディングを再開したのですが、その後そのことを打ち明けると、昔のバイト仲間のうち二人が実は直感がかなり発達していて色々見えたり感じたりすることが判明したのです。そのうちの一人は、「あまりにも見えすぎて怖いので、ずっと前に封印した」と言ってました。
 
 他にも、今年に入ってワークショップで出会った人もいます。私のことをHPで紹介してくれいているお店の方もオーラが見えるそうで、その力を役立てるための勉強を続けているそうです。
 
 自分がリーディング出来ることを周囲の人に打ち明け始めると、不思議なことに「実は私も」ということが多くなってきたような気がします。そして、そういった力が突出していなくても、「えー、面白ーい」といってくれたり。私の両親も、私の活動に協力してくれています。
 
 そして私の主人。彼は自分のことを「理論的な人間」と呼び、わたしのことを「精神的、霊的な人間」と呼びますが、それでも私がしていることにはかなり協力してくれています。そして、NZに行っても私がこの活動を続けられるようにしたいと言っています。
 
 ありがたい話ですよね。テレビ番組のオーラの泉などの力で、霊的な世界、精神的なもの、目に見えない世界に対する偏見が以前より薄くなってきたのも関係しているのかもしれません。でも、なんとなく、私にとってここからが本当の勝負の時期に来ているような気がするのです。
 
 自分の力をどのように使っていくのか。そして、それをどこまで突き詰めていけばいいのか。
 
 私達の持つ直感力をどのレベルで役立てていけばいいのか。個人レベルで留めるか、世界レベル、地球レベルまで、はては宇宙レベルまでもっていくか。
 
 正直にいうと、私が地球レベル、宇宙レベルで感じたことを周りの人に話しても受け入れてもらえるかわかりません。
 
 多分、これからも今より深い霊的レベルでの学びをせざるをえない状況になるのでしょう。今の時点でも私の中で色々な心の揺れがありますが、これからもっと激しくなっていくのでしょうか?
 
 なんとなく、今の自分が不要な観念、過去から(過去生から)引き継いでいる感情を手放そうとしているのを感じます。
 
 でも、過去からくる思いが相当強いので、簡単に手放せないようです。
 
 自分の中で無意識のレベルまで達した想念を手放すのって、本当に大変です。でも、そういうときは程焦らずにやっていくしかないように思います。
 
 自分の中にある、深い傷を癒す時って、悲しみと喜びが同時にやってくるような気がします。
 
 そして、それを突き抜けると、もっと自分自身を深いレベルで信じられるようになるだと思います。
 
 
 私が今回生まれてきて求めていたものはひとつではなく、さまざまなレベルでの欲求、使命を満たそう、果たそうとしてやってきたような気がします。きっと、それは「色々なレベルで生きること」「複数の次元に生きること」と関係するのかもしれません。
 
 なんにしても、前に進むしかないんですよねー(^0^)。
 
 
      感謝!


1件のコメント

NZに行く前にしておきたいこと

 日本を発つまで、あと20日を切りました。
 
 日が経つことにこれまでの生活にさよならするということが実感として湧き上がってきています。
 
 それとともにしなければいけないこと、手放さなければならないこともどんどん増えてきています。
 
 私の主人はともかく、私としては日本を去ることに対して全く戸惑いがないわけではありません。
 
 最初の一年は主人が学生に戻るので、全く収入がありません。しかも、今現在、来年一年を乗り切る十分な貯えがあるわけではないのです。
 
 私は多少英語を話せますが、読み書きはほとんど出来ません(見事なほど忘れてしまいました)。
 
 不安の要素を数え上げたらきりがありません。
 
 
 そして、私は今住んでいるところが本当に気に入っています。環境もいいし、ここで築き上げた人間関係も申し分ありません。
 
 食いしん坊の私としては、日本の豊かな食文化も捨てがたい要素です。それに、日本には昔から伝えられる、独特の美もあります。その優雅さ、美しさは世界に誇れるものがあると思います。
 
 私が子供の頃は、そういったものに気付かず、西洋の様式ばかりに興味があったのですが、主人と出会って、日本を離れる可能性が出てくると、そこで初めて日本のよさに気付けるようになりました。
 
 炊きたての白いご飯と焼いた鮭の組み合わせに悶えるのは日本人だからだと思うのです。花見、お月見なども日本ながらの風流な習慣だと思います。
 
 着物や、手拭いにも四季の美しさがちりばめられ、見るものを感動させます。
 
 気兼ねなく寝転べる畳にも、おさらばしなければなりません。
 
 こうやって、並べていくときりがありません。
 
 
 NZに行くということは、こういったものを手放すといことなんですね。
 
 向こうに行けば、納豆と豆腐がお高い食品になるんですよね~。
 
 
 本やテレビで海外で生活している人の話を聞くと、多くの人が『自分は日本人なんだ』と気付かされるといいます。
 
 日本に生まれ、日本に住んでいるということは、日本人としての感性、心を持っているということなんだと思います。
 
 
 だから、NZに行く前に、日本でしか出来ないことを沢山やっておきたいと思います。
 
 お米とお餅とおせち、しゃぶしゃぶに蕎麦、醤油に味噌、ラーメンに布団での睡眠、友達との日本語での会話。大好きなテレビ番組を見る事。
 
 うーん、ほとんどが食べ物関連ですね…。
 
 日本だーい好き!
 
 
 
 


コメントする

人付き合いのこつ?

 この前、子供が通うプレスクールが最後の日となりました。

 お母さん達が協力して、とても素敵な本を作ってくれました。スクールの皆な写真やプロフィール、メッセージ付きです。可愛らしい切り絵まで沢山張られて、今までで一番心のこもったプレゼントを頂いたなーと思いました。

 子供が生まれてから今までの間、色々ありましたけど、なんのかんの言って色々な人に助けられてばかりでした。

 子供に振り回されてストレス一杯の私の愚痴を聞いたり、実際に子供と遊んでくれた私の母、そして父。近所に住む元飲み仲間も遊びに来てくれて、子供の相手をしてくれました。

 電車の中で席を譲ってくれた人。道端で癇癪を起こして手の付けられない我が子に優しく声をかけて小さなおもちゃを差し出してくれた人たち。

 クリスマスにプレゼントを用意しておいてくれた八百屋のおじさんとおばさん。滅多に買い物をしないのに、いつも声をかけてくれる文房具屋のおばさん。公園で出会った知らないお母さん達。

 出産の時に励ましてくれた助産婦さんたち。手を握ってくれていた夫。そこで知り合ったお母さんたち。そして子供の学校で知り合ったお母さん達。

 皆、我が子が出会いを作ってくれていました。

 私は子供のころいじめにあっています。高校生の時にはクラスメイトから逆恨みにあい、しばらく女だけの集団が怖くてしかたがない時期がありました。

 それを吹っ切れたのは、20歳で専門学校に入ってからでした。私のクラスの生徒は100人ばかり。そのなかで女は私を含め5人だけでした。

 個性豊かなメンバーで、皆それぞれに自分の世界を持っていました。そしてそれぞれの世界を尊重しつつ、さらっと付き合うことが出来たのです。
 
 皆が自由でした。そして、その自由を守るために密着しすぎない部分がありました。

 それが本当に心地よくて、卒業後も付き合いが続いたのだと思います(今となってはたまにメールするくらいだけど)。

 そして振り返ってみれば、誰かと仲良くなる時は自分に無理が無く、肩の力を抜いて人と接している時なんだと気付きました。無理に仲良くなろうとすると、どうしてもその関係に無理が生じます。でも、のんびり構えていると、自然に声を掛け合うような関係が生まれます。そして何度か会う内に、自分のハートが、相手に向かって少しずつ開いていくのを感じます。

 「心を開きつつ、丁度いい距離感を保つ」 

 これが人付き合いのこつだと思います。無理をして相手に合わせる必要もありません。そんなことをしないで、自然にお互いの違いを個性の違いとして楽しめたら、人付き合いはそんなに難しいものではなくなるように思います。そして、「どうしてもこの人とは合わない」と思う人がいたら、無理をしてまで付き合うことはないのです。そういう人とは、なるべくさらっと、付き合っていけるといいですね。そして、相手が自分の意思に反して自分の領域を侵していると感じた時は、その人の状態に合わせて上手く線引きを出来るようになれるといいと思います。

 でも、「ここからは自分のプライベートな領域で、ここからはあなたの領域です」という線引きが上手に出来るようになってくると、自然に人付き合いでの苦労がなくなっていくようです。あとは、自分を必要以上に良く見せようとする気持ちをなくせば、人間関係からくるストレスを感じる事が少なくなっていくと思います。

 そういう私も、もうすぐ主人の実家の側に引っ越すことになるので、何が起こるかわかりません。でも、「なんとかなるさ~!」という精神でやっていきたいと思います。

 『甘えん坊の、可愛いお嫁さん』になりきろうかな♪


コメントする

ちょっとセンチメンタル

 明日で、子供が通うプレスクールが終わりになります。なんだか寂しくなってきました。

 子供にとっても寂しい出来事だと思うのですが、私にとっても寂しい出来事です。

 信じられない位お母さん達が良くて、いつも気持ちよく付き合わせて頂きました。よそで聞く派閥や衝突もなく、みんなと自然体でお付き合いすることが出来ました。

 子供のことで話し合ったり、私がエネルギーリーディングをしていることを打ち明けても「面白ーい、それってどんなの?」と明るく聞いてきてくれました。

 それに子供を出産した病院で知り合ったお母さん達。子供達が幼稚園に行ったあともお付き合い出来るとは思ってもみませんでした。いつも優しくて、明るいお母さん達。私って、なんて幸せなんでしょうか!

 お互い目に見えない苦労を抱えているとは思いますが、『母として子供を育て上げる』という目標、共通点を持っているから出会えたのだと思います。そして子供を通して知り合うことが出来たすべての人々に感謝したいと思います。

 子育ては本当に大変だけど、こうやって支えあって、助け合って生きていることを実感出来るのって、本当にいいですね!

 感謝、感謝!


コメントする

魂のお洗濯

 前に色々な周波数や存在の意識を受け取るようになってきたことをお話しましたが、最近、入れ替わり立ち代り色々な性質の存在、周波数が私のもとにやってきます。

 彼ら(?)は来る前に「今から行くよー」と電話をくれません。突然やってきます(私の気付かないところで、サインを送っているのかもしれないけど)。でも、ありがたいことに私が本当に忙しい時にはやってきません。

 でも、それは彼らが気を使っているからではなく、単に忙しい時やあれこれ考えている時は通信の回路が切断されていて、彼らから送られている絶え間ないメッセージを感じ取ることが出来ないからです。

 だからと言って24時間彼らからのメッセージに耳を傾けようと思ったら、日常で行わなくてはいけないあらゆることをこなすことは出来ません。なので、私としては一日10分から1時間、そういった時間を持てれば十分だと思います。

 それにしても最近、私が感じ取る周波数にははっきりと人間の言葉に訳すのが難しいものが増えてきました。

 以前も似たようなことがよくありました。その時はなにか、目に見えない存在が私の耳元でささやいているのに意味がまったくわかりませんでした。それについてお世話になっているヒーリングセラピストに話すと「何を言っているのかわからないのは相手と周波数が合っていない証拠。繋がろうとすると危険よ」と言われました。

 でも、最近のものは、耳元ではなく、天から降りてきて私の頭上に注がれるものばかりになってきました。

 今まで、どうしても正体のわからない存在に対しては自分でブロックしていたのですが、それによって天から降り注がれるエネルギーもブロックしていることがわかり始めました。

 そこで、自分の第7チャクラを少しオープンにしてみると、面白いものを受け取るようになってきたのです。(でも、自分の内面がクリアでない時はやめたほうがいいと思います)

 私の頭では理解できないもの、でも、自分の本質に語りかけてくるものを感じはじめました。

 恐る恐るそれらに対して意識を広げていったのですが、ここ二日あまりそれらの周波数、意識が私が自分の持つ「エゴ」を手放すように促しているのを感じました。

 正直にいうと、自分のエゴに直面し手放すように言われる時はとても居心地悪いことがあります、それは、自分がそのエゴに執着する時に起こるのですが、昨日今日で、自分がいかに手放すのが嫌な考え、エゴを持っていることに気付きました。

 実は、私は心のどこかで私が持っている強力なエゴが大好きなのです。なぜなら、そのエゴにはとてつもないパワーがあるからです。

 私のエゴは、こう言います。

 「私が一番なのよ!」

 「どんな時でも、私が尊重されないといけないの」

 「私は、どんな時でも『絶対』なのよ!」

 いや~、すごいですね~。

 冷静に考えれば、それは人間として必要な自尊心に関わるので完全に手放さなくてはいけないものではないのかもしれませんが、始終そんな感じだったら周りの人はうんざりするでしょうね f(^-^)。

 そして、思いました。「私の本質って、単なる子供なんだな」と。自己中心的で、生意気で、自分の思う通りに行かないと癇癪を起こす子供だったのです。

 そうなんです、私は単なる子供なんです。単なる子供が背伸びして、『大人』のように振舞おうとしているだけなんですね!

 そうなんだ…。今まで一生懸命『りっぱな大人』になろうとしてきたけど、私の本質は一生『子ども』なのです。

 そう思ったら、「自分の意識を高めよう」と努力したり、「自分の現実をより良いものにしよう」という努力はなんだったのだろうかと思いました。

 自分が子供のころは漠然と、「歳をとれば大人になっていくんだ」と思っていましたが、実際は大人になっても中身は子供だったのです。

 ちゃんちゃらおかしいですねー。

 
 ちゃんちゃらおかしくて、そして心が和みました。だって、子供って生意気だけど可愛いんだもん♪

 

 エゴとパワーは紙一重。欠点と長所も紙一重。どちらにも意味がある。

 だから、それを否定しないで。

 否定から喜びは生まれない。

 でも、否定している自分自身を否定するのはもっと悪いこと。

 自分自身を否定するのは自分の生命を絶つことと同じ。

 だから、自分のことを否定しないで。

 どんなにエゴを抱えていても、そしてそのエゴを手放しても、私達の本質は変わらない。

 だから、ただ受け止めてあげて。

 ただ、聞いてあげて。

 そして、そのなかで「自分」だと思っていた意識が溶けるのを怖がらないで。

 


コメントする

スピリチュアルオタクにはなりたくないの(>。<)

 こんなことを私が言うのもなんだのですが、私はいわゆる「スピリチュアル」な世界だけに傾倒している人は苦手です。

 確かに目に見えない世界はありますし、そこからくるメッセージに耳を傾けることはとてもいいことだと思うのですが、もし自分の興味の対象がそれしかなく、いつも不思議なことや「真実」「悟り」のようなものばかり追い求めているのだとしたら、物質的な側面からしか物事を見る事が出来ないことと同じ位危険なことだと思うのです。

 私がなんとなくそのことを思い始めたのは、私が精神世界(スピリチュアルなこと)に興味を持ち、足を踏み入れてから一年くらい経ってからでした。

 幸いそのころ貯金があったので、生活に支障がない範囲でそういった学びにお金をつぎ込むことが出来ていました。でも、貯金のほとんどを使い切ったあと、とても興味のあるヒーリングツアーがバリ島で行われる話を聞きました。

 料金は宿泊費など込みで30万円です。その時の私には容易に払える金額ではありませんでした。

 そこで、私は一瞬こう思いました。「じゃあ、こういうツアーに参加できるように一生懸命働いてお金を稼ごう」

 でも、次の瞬間、そこにある矛盾に気付いたのです。

 それは、「そもそも精神世界のことを学びたいと思った理由は何か」ということでした。

 私が精神世界のことを学びたいと思ったのは「自分が本当に求めている幸せを見つけ出し、それに沿って仕事をしたり、満足のいく現実を築きたい」と思ったからでした。
 
 決して「セミナーなどに参加するためのお金を稼ぐため」にこういった学びに飛び込んだわけではないのです。

 自分が満足出来る生き方、方法、経済的な満足を得らる状況を創ることが出来きさえすれば良かったわけで、「学びの為のお金を稼ぐこと」が私の本当の目標ではない」ことに気付いたのです。

 精神世界のこと、スピリチュアルなことを学び体験する真の目的は

      「本当の自分の光を発見し、それに添って生きていけるようになる為」

 なのです。確かに目に見えない世界は魔法のようで、面白いことが沢山あります。でも、本当は実生活の中にも楽しいことが沢山あり、感動も学びもあるのです。

 私は、どんな精神的な学びも実生活に裏づけされたものでなければ意味が無いと思います。

 私達が肉体を持って生きている限り、生命を維持するための最低限の物質、そしてお金は必要です。

 それを無視して生きていくことは出来ないのです。

 私達に必要なのは物質的なものやお金に関わることと、精神的なことを結びつけることではないでしょうか?

 テレビで、経済的に成功している経営者の話を聞くと皆、とても興味深い考えを持っています。

 そして、スピリチュアルお宅になりかけた私には苦手な、「現実世界で自分が出来る事を見極め、ベストを尽くす」ということをしている成功している人々は皆しているのです。

 でも、そこに至るまで、必ず自分の周りに起きていることを冷静に見つめ、自分自身を見つめる時間があったはずなのです。

 そして、彼らは自分の内面が求めるもの、そして時代が求めるものを融合させたのです。

 
 私はかれらの話を聞くと、その実行力に感動します。そして、精神面と物質面でのバランスが取れているように思いました。

 そして、感じたのは皆、共通して夢があること、それと状況に合わせて臨機応変に対応しようとしていることでした。

 ようするに、時の流れに素直に乗れる人達なのかもしれません。それを、自分の本質と合わせながらやっているのです。

 
 私はどこまで自分の本質が求める夢を現実に統合させることが出来るのでしょうか…?

 どこまで出来るかわかりませんが、やれるだけのことは今生でしておきたいなと思いました。